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第五話 奪われた日常、交差する運命②

last update Last Updated: 2025-05-27 18:03:06

【二〇一五年 杏】

「え! 父さんが殺人容疑で捕まった!?」

 その知らせは、私と修司が付き合い始めて三か月が過ぎた頃に届いた。

 夕食の準備をしていた私は、驚きのあまり手に持っていた皿を落としてしまう。

 ガシャン。

 鋭い音が台所に響き渡った。

「うん、警察の人から連絡があって……そう言われたんだ」

 電話を受け取った新は、信じられないというように目を丸くして私を見つめていた。

「どういうこと!? 何かの間違いだよね!?」

「わからない」

 新は小さく首を振った。

 私たちは混乱していた。

 いったい何がどうなって、父は捕まったのか。

 理解しようとすればするほど、現実が遠ざかるような気がした。

 だって、父さんはそんなことをする人じゃない。

 いつも優しく、周りのことを気遣い、人のことばかり考えるような人だった。

 その父さんが――殺人の容疑者?

 そんなこと、あるわけない。

 気がつくと、私は駆け出していた。

 考えるよりも先に体が動いた。

 全身が熱く、心臓が痛いほどに脈打つ。

 無我夢中で走った。

 行き先は、警察署。

 しかし――

「申し訳ありませんが、現在、取り調べ中ですのでお引き取りください」

 受付の警察官は、冷たくそう告げた。

 それ以上の説明もなく、私は門前払いされる。

「そんな……! 会わせてください! 私、娘なんです!」

 どれだけ懇願しても、警察官は首を振るばかりだった。

 取り調べ中だから。

 決まりだから。

 その一点張り。

 私は何もできないまま、途方に暮れ、家へ戻るしかなかった。

 家の玄関を開けた瞬間、新が駆け寄ってきた。

「お姉ちゃん!」

 不安そうな瞳。

 心細さを隠しきれない表情。

 私は必死に、動揺を押し殺し、新の頭をそっと撫でる。

「大丈夫、きっと大丈夫」

 自分に言い聞かせるように、つぶやいた。

 翌日、警察から連絡が入った。

 父の拘留が決まったという知らせだった。

 ただし、面会はできるらしい。

 私は急いで、警察署へと向かった。

 受付で名前を伝え、身分証を確認される。

 心臓が早鐘のように打っているのが、自分でもわかった。

 面会室へと通された。

 ガラスの仕切りを挟んだ、無機質な部屋。

 息を整えながら、父が来るのを待つ。

 時計の針の音すら聞こえてきそうな静けさ。

 しばらくして、奥の扉が開いた。

 警察官に付き添われ、父が現れる。

 思わず息を呑む。

 父の顔は、すごくやつれて見えた。

「父さん!」

 呼びかけるけれど、父は目を逸らしたまま、私を見ようともしなかった。

 ――どうして。

 いつもの優しい笑顔はどこにもない。

「父さん? どうしたの? いったい何があったの?」

 必死に問いかける。

 すると、父はぽつりとつぶやいた。

「……杏、すまない」

 それだけ言うと、父は黙って俯いた。

 私は思わず席を立ちそうになる。

「ちょっと待って! 父さんは何もしてないんでしょ!?

 殺人なんて、父さんにできるわけないじゃない!」

 必死に叫ぶが、父は何も言わない。

 ただ黙って、私から顔を背け視線を合わせようとしない。

「もしかして……誰かの罪をかぶってるの!? そうなんでしょ!?

 父さんは優しいから、誰かを庇ってるんだよね!? ねえ、答えてよ!」

 祈るような気持ちで問いかける。

 でも、父は頑なに口を閉ざしたままだった。

 面会時間が終わり、私は何の答えも得られないまま、ただ一人、警察署を後にする。

 父の苦しそうな顔が、焼きついて離れない。

 何かを必死に耐えているような表情だった。

 ……何かを隠している。

 私にも言えない何かで、父さんは苦しんでいる。

 これは、冤罪だ。

 父さんが人を殺すはずがない。

 誰かが罪をなすりつけた。あるいは、父さんは誰かを庇っている。

 それしか考えられない。

 でも――どうして何も言わないの?

 それだけが、わからなかった。

 真犯人がいる。

 そう確信した私は、事件について調べ始めた。

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Comments (1)
goodnovel comment avatar
憮然野郎
杏、知らせを聞いて本当に居た堪れない気持ちになったでしょうね(ノ_<)
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